教授に聞く、この学問の魅力

武蔵野美術大学 造形学部
油絵学科[油絵専攻]

 武蔵野美術大学 造形学部油絵学科では、油絵を基本としながら自由な表現方法を模索できる環境が整っている。その表現方法の領域たるや身体表現から映像表現までと実に多彩だ。
 学生の個性を油絵というカテゴリーだけに留まらせることなく、「絵画をバックボーンにそれぞれの表現を深めてほしい」と語る諏訪敦教授はアーティストとして絵画で数多くの賞を受賞し、映像、著書でもその活動域を広げてきた。
 この学問を学ぶ上で大事なこと、学科の魅力などを諏訪教授にたずねてきた。

諏訪 敦教授

profile

1967年北海道に生まれる/1992年武蔵野美術大学大学院修士課程修了
1994年文化庁芸術家派遣在外研修員(2年派遣)に推挙 在 SPAIN/2018年武蔵野美術大学 造形学部 教授
主な個展
2019年「諏訪敦 個展「實非實.虚非虚」 “Solaris”」 (Kwai Fung Hin Art Gallery)
2018年 諏訪敦 絵画作品集 『 Blue 』 特装版出版記念展 (森岡書店銀座店)

油絵を学ぶことによって広がる表現法
将来の活躍の舞台は造形だけにとどまらない。

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油絵を起点に表現を拡散していく

油絵学科[油絵専攻]の学びの流れをお教えください。

 油絵学科は、ファインアート系でもっとも広範な領域を視野におさめた学科であると思います。表現の基礎とはいかなるものか、その捉え方が時代によって変容することを前提としつつ、油絵学科の卒業生として相応しいレベルに達することができるよう、私たちなりに授業内容を更新し続けています。
 1,2年生には絵画基礎として選択授業が設けられていますが、学生たちは、非常勤講師も含めた多彩な教員たちから提示される課題に対して、自分が興味をひかれた内容を選び、試行錯誤を繰り返していきます。3年生になるとAコース・Bコースに分かれます。Aコースは絵画制作を中心に、あるいは絵画を発想の起点としながら多様な現代の表現を研究します。Bコースでは、インスタレーション、メディアアート、身体表現など、枠にとらわれない表現を志す学生が集まってきます。このふたつのコースを担当する教員のバリエーションが幅広いというのも、規模の大きいムサビだからこその特色だと思います。本来は彫刻が専門の方もいますし、絵画を表現に使わないアーティストもいて、多様な価値観に触れることができます。共通しているのは、誰もが一線で活躍している、アートの現役プレーヤーであるということでしょうか。

絵画表現に必要な歴史の理解

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絵画を学ぶ上で必要なことは何ですか?

 「見ること」を再考する重要性は、多くの美術系大学で語られることでしょう。そこは私たちも変わりません。感性を解放して観察し、真摯に「見ること」の質を吟味したとき、それは自分だけの個別的な体験であることに気付くと思います。その感覚を他者に手渡そうとするとき、共有可能なものとして表象化する行為が、描くことと言えるのかもしれません。
 また、絵画制作が経済力のある特権的な身分の人たちに奉仕するための職人仕事から、個人の精神を表現する媒体へと変化したのは近代以降です。19世紀には錫やアルミなどの金属性のチューブ絵具が普及しました。屋外への持ち運びが可能な画材が、画家たちを屋外に連れ出し、充填された硬練りの絵の具が、その可塑性で厚塗りを可能にし、結果的に印象派の出現の条件を整えたという逸話はよく知られているでしょう。現代ではそういった画材の進歩の恩恵で、専門知識はなくとも誰もが絵らしきものを描ける状況になっていると思います。表現行為の手立ては開かれているべきだと思うのですが、大学でアートを研究するためには、“歴史の理解”が必要になってきます。

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歴史を理解することで何がみえてくるのですか?

 カーナビや地図アプリで、自分が今いる「現地点」が表示されていなかったとしたら、それはまったく役に立ちませんよね。なぜ座学の中で美術史概論などをやるのかというと、自分の位置情報と環境を知るためです。私たちは時系列でいうなら、無自覚なままに否応なく歴史の先端に立たされてしまっている。その状況でアーティストとして扱わなくてはならない問題は何なのかを、文脈を理解した上で探るためには、歴史の理解が不可欠なわけです。いわゆる「いい絵」は教育を受けなくとも、誰にでも描けるし、それはそれで価値ある仕事であるだけに、なかなか理解されにくい。一方で巧みに描くことを目的に入学する場合もあるかもしれませんが、ただ上手なだけでは技術のひけらかしに留まってしまいます。やはり重要なのは自分たちの問題をどこに置くのか考え続けることでしょう。

コロナ禍の中で私たちは何が描けるか

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オンライン授業についてお聞かせください。

 私たちが目論んでいたのは、対面授業に匹敵するくらいのクオリティの授業を、オンラインで提供することでした。単位を与えられるだけの授業時間を確保して、さらに油絵学科特有の追加授業も加えるなど、教員やスタッフの負担は大きなものでしたが、それも学生の就学機会を損なわずに確保するためでした。
 私の場合、最初の授業では例年ならばモデルを使って、デッサン力を再確認する課題を出していましたが、1年生には『コロナ禍の状況下で私たちは何を描けるか』2年生には『アウトプットする存在としての、身体』というテーマで、それぞれに許された環境と道具で制作してもらいました。それらは画材や支持体、空間をどう考えるかについて各人が問い直す機会になりました。そして登校が可能になった後の追加授業で、課題作品の展覧会も開催したのです。SNSの活用や、「三密状態」をさけるための入場制限などの検討は学生たちに一任しました。展示した作品の中には、Zoomの操作画面を絵画化した作品や、巣ごもりを自室のベッドにインタレーション化したもの、あるいはネット空間に散在する一般の協力者のデータを、個別の画像として復元するプログラム作品など、まさに自粛中でこそ発想されたものばかりでした。

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最後にこの学問を志す高校生へメッセージをお願いします。

 油絵学科ですから、もちろん4年間をキャンバスと向き合うことに打ち込むことをサポートしますし、それが本道ではあるのですが、現代芸術は絵画にとどまらず日々拡張されて、誤解を恐れずに言えば、人間のあらゆる表現行為を包括してしまう、怪物的なジャンルともいえるでしょう。研究室スタッフは日々情報をアップデートし、最新の動向をカバーする体制も整え続けています。学生には修練し獲得した力量をバックボーンにして、絵画とは何か、ひいては表現とは何かについて考え続けてほしいと思います。

貴重なお話ありがとうございました。
(本ページの内容は「学びのすすめ_芸術系」と同内容です)

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