教授に聞く、この学問の魅力
多摩美術大学 美術学部
演劇舞踊デザイン学科 劇場美術デザインコース
舞台公演の現場にはさまざまな専門スタッフたちが関わりあっている。たとえば背景画なら、5〜6人のメンバーが一人ひとり描き上げた絵を組み合わせる。お互いのコミュニケーションがうまく行かないといびつな背景画になってしまう。
「絵が上手い人はいっぱいいる。それだけではダメなんだ」と金井勇一郎教授は語る。「伝統と創造」の理念のもと、日本の舞台美術をリードしてきた人だけにその言葉には重みがある。演劇舞踊デザイン学科設立のとき、上野毛キャンパスに実戦さながらの実習ができる3階建の大スタジオを完成させた。ここで学生たちは自分たちがデザインした舞台を製作し、感動の空間を創りあげている。
金井 勇一郎教授
1984年 東京理科大学理工学部卒業
1986年 ジョセフ・クラーク氏に師事(〜88年/ニューヨークメトロポリタンオペラ)
2006年 金井大道具株式会社代表取締役社長就任
2014年 多摩美術大学美術学部演劇舞踊デザイン学科教授
主な受賞歴
2004年 「平成中村座」第11回読売演劇大賞優秀スタッフ賞
2006年 「NINSGAWA 十二夜」第13回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞
2008年 「憑神」第35回伊藤熹朔賞
自分たちの仕事(劇場美術デザイン)は残らない。
しかし、その感動はずっと観客の中に残っていく。
まずは現場を肌で実感すること
1年生から4年生までのカリキュラムを教えてください。
まず1年生の前期は舞台の雰囲気を知るために、劇場見学や大道具・小道具のアトリエ見学から入ります。舞台裏をみたり工房に行ったりして、演劇を創るにはいろんな人が関わっているのを肌で感じてもらいます。最初の授業では「演出空間とは何か」「舞台美術とは何か」という講義をやりますが、その後は現場を見学します。
後期は図面の演習ですね。1年次は全て手書きで図面を書かせます。今の学生は、パソコンの扱いに慣れている子は多いのですが、デッサンや平面構成はまだしも図面作成の経験がある子はほとんどいないので、みんな非常に苦労します。でもまずアナログで基本からやっていかないと先に進めないし、創造力も育たないんです。
1年次の後半には、学生たちに短い台本を渡して、その舞台劇に合うような舞台デザインを一から作ってもらいます。図面をきっちり書いて作れば、自分で考えたものが確かな形になるということをここで学んでもらうのです。
時には作品のプレゼン時には舞台で涙も
2年生は前期に課題が2つあります。まず短編劇用の舞台のデザインです。最初にイメージスケッチを描かせ、次に舞台を上から見た図面と側面から見た図面を描かせ、それから製作図面を描かせて模型を作らせます。そしてそれを、どういうコンセプトでデザインしたのかなどをプレゼンテーションしてもらいます。
後期はインタークラスといいまして、舞台美術と照明と衣装の合同演習があります。ここでは前期の課題であるエドワード・オールビーの「砂箱」という短編作品の舞台美術デザインをして、照明、衣装、さらに小道具と大道具を共同で作るんです。それをスタジオに全部設営して、照明をあてて衣装を着て、演劇舞踊コースの学生が実演します。これによって、1つの作品を作るのにいろんな人間が関わるということを実感することになります。
3年生の4~6月頃までは作品を2つデザインします。大きな劇場での公演を想定して、学生たちにデザイン案をプレゼンテーション形式で発表してもらいます。このプレゼンテーションが大切で、なぜこのデザインやこの美術になったのかを、自分の言葉でしっかり伝えてもらいます。ここでは作品のデザインとプレゼンの技術をそれぞれ評価し、彼らに改善点を伝えます。
7月頃からは演劇舞踊コースと劇場美術デザインコースの合同で、演劇1本、舞踊1本の、本格的な上演制作実習をやります。また、洗足学園音楽大学と共同で室内オペラ作品を上映いたします。上演実習は脚本、演出ともに演劇舞踊コースの学生が担当し、劇場美術デザインコースの学生とともに作品をつくり上げていきます。
4年次の前期は個人卒業制作ということで、みんなに自分の好きな課題の作品の舞台をデザイン、またはオブジェ製作をします。
後期は卒業公演です。1つの作品を時間をかけて丁寧に作っていきます。演劇舞踊デザイン学科の全ての学生が、1つの作品制作を目標に集中していく時です。
舞台製作の現場で知る個性+協調性の大切さ
舞台制作で先生が最も大切にしていることは?
個性と、協調性です。まず現場研修でいろんな人と出会い、その人について知ってもらいます。コミュニケーションですね。例えば、背景画なら1つの絵を5~6人で描くわけですが、それにはお互いの呼吸を合わせないといいものができません。自分だけ我を張った作品作りをしてはいけない、ということを早い段階で理解してもらうわけです。
それと、学生たちによく話していることは「劇場美術のデザインという仕事はあとに残らない仕事だけど、そこで生まれた感動は、舞台を見てくれた観客たちの中にずっと残っていく」ということです。何ヶ月もかけて作った舞台美術も、公演が終わったら、あとかたもなく壊してしまって何も残りません。ですが、自分たちの目標はいつまでも残る美術作品を作ることではなく、見た人の心に感動が残る舞台を作ることなのです。もちろん、一生懸命舞台を作り上げた学生たちの中にも、感動は残っていくのです。
劇場美術デザインだけを学ぶ学科ではない
求人の問い合わせは?
多いですね。主に大道具の製作会社や照明、衣装の会社などです。また、他の先生方の中には自分の工房を持っている人も多いのですが、夏休みにそこで学生がアルバイトをして、その後そこで働くようになるというケースもあります。
最後に高校生にメッセージはありますか?
この学科は、劇場美術のデザインを学ぶだけの学科ではありません。仲間たちと一緒に頑張るうちに、社会に出てからも大切になるコミュニケーション力や人間力も一緒に身につけていく学科でもあります。
貴重なお話ありがとうございました。
(本ページの内容は「学びのすすめ_芸術系」と同内容です)